2010年12月29日

日本の”武装”について考える

日本の”武装”について考える

1.日本のタブー”「武装””軍備””戦争”
軍備のこと、戦争のこと、核のこと、憲法9条の改正のこと。日本ではこれらのことはタブーになっている。おそらく個人の意識の中では、いろいろな意見、思いはあると思うのだが、その考えを外部に発することは事実上できない。言ってはいけないことなのだ。言うと、損をし、めんどくさいことになるので、言わない方がいいと思われている・・というような状態にある。
でも、昨今の尖閣を巡る中国との関係、北朝鮮の動き、北方領土でのロシアの動き、基地問題でのアメリカとの関係などについて考えた場合、どうしても心配になる。
その心配とは、「日本が他国から攻撃され、日本人の多くが虐殺され、財産も奪われるような事態になったらどうするのだろう?」という心配だ。

2.いつも、はぐらかされている
TV等でも、時々このような発言はある。ただ、そのときの回答として一番声の大きいものは、
「そのようなことにならないように事前に努力し、話し合っておくことが必要」というような意見である。そして、TVの番組では、最軍備のことを考える方向にはけして話は進まない。


3.考えなくてはいけない選択肢
この、「戦争がおきないようによく話し合う」という意見は、当たり前の意見である。当たり前すぎて聞くに値しない発言である。
聞きたいことは、もし他国が攻めてきたらどうするかということなのである。攻めてくる前の予防策を聞いているのではなく、攻めてきたとき、まさしく人が殺されているときのために、どうしておくのがよいのかと聞いていいるのである。はぐらかさないでほしい。

たとえて言うなら、風邪を引いたときにどうすればよいかと聞いている人は、
「そのときの時のためにこの薬を準備しておけ」という対応策が聞きたいのであって、「風邪を引かないように注意しろ」という答えを聞きたいのではないのである。風邪をひかないように注意することなど当たり前すぎることなのである。


この「他国が攻めてきたとき」の質問にきちんと向き合って回答しようとするならば、軍備のことを抜きにして回答することはできないであろう。

とすると回答にはどのようなものがありうるのだろうか。
その一つは、
@他国が攻めてきた場合に備えて、日本も再軍備するというものと、
もう一つは、
Aそうなった場合があるとしても、再軍備はしない
という考え方だろう。

もう少し詳しく書く。
@は再軍備することによって、
メリットとして、攻めてきた他国を攻撃してやっつけることができるというものだろう。至極普通のことだ。ただ、デメリットもある。それは、日本が再軍備することによって、経済的な恩恵の多くを失う可能性があることだ。どの程度失うかは当然のことながらわからない。ただし、かなりの程度の損失を被ることは考えられる。たとえば、今の半分の生活水準(いきなり、日本人全体の給料が半分になるくらいのイメージ)になることを想像するといいかもしれない。

Aの再軍備しない場合のメリットとしては、当面@のような経済的なダメージはなく、何事もなければ今のままある程度平和にやっていけるということだ。ただし、デメリットとして、万一他国に攻撃された場合は、日本人の多くの命と財産が一方的に奪われることになる可能性があるということだ。具体的な場面はイメージすることもつらいほど残虐なことである。

4.日本人に突きつけられている課題
この@とAどちらをとるかの選択が迫られることになるのである。
どちらをとっても、大きくつらいデメリットがある。そのデメリットを理解・把握した上で、被害を最小になる努力をしながら進んでいく必要があると思う。
今は、その選択をする自由もない状態で、ある意味Aを強制的に選択させられながら、デメリットに対する対応策を考えることを禁じられているような状態といえる。

非常に危険な状態だと思う。
後世の歴史家が今の日本の状態を見た場合、あまりの危険の大きさとそれに対して鈍感な日本人をみて、民度の低さ、民族のレベルの低さを感じると思うのだがいかがでしょうか?
posted by hssk1101 at 01:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

市川海老蔵と小林真央を追いかけるマスコミの異様さ

先日TVで、渦中の人物の市川海老蔵さんが奥さんの小林真央さんと車で外出する場面を報じていました。
マスコミの人たちが大勢で取り囲んでインタビューをしている場面でした。
今、日本の経済や政治、社会がこれほどの問題を抱えているときに公共の電波を使って何をしているんだという憤りとともに、よってたかって個人を攻撃するやり方に違和感を覚えます。
生身の人間をこれほどまで追い掛け回し追い詰めたら、どういうことが起こりえるかわかったうえでやっているのだと思います。最悪の事態になったりしたらどうするのでしょうか?もしそうなったら、その原因は明らかに、追い掛け回したマスコミにあります。
大手TV局が、公共の電波を使って流す放送のために、このような非人道的・強圧的な手法で人を追いかけまわして取材する。絶対におかしいと思います。
このように、取材の相手に強大な損害を与える恐れのあるような取材をする場合は、少なくとも個人名を明かして、万一の時は責任を取るようにして欲しいと思います。
見ていてとても不愉快です。

そして、少なくとも大手TV局は、こんな事件を公共の電波を使って流さないで欲しい。他に、報道すべきことはヤマほどあるはずです。
posted by hssk1101 at 01:05| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

村木さん事件と尖閣ビデオ

マスコミのスクープと尖閣ビデオ流出の違いについてです。腑に落ちないことがあります。
郵便不正事件で無罪判決が確定した村木厚子元厚生労働省局長の事件。この事件が明るみに出たきっかけは朝日新聞の板橋記者が、特捜検察の内部告発を掴んだことだということです。
では、この内部告発を板橋記者にリークした人と、先の尖閣のビデオをYouTubeにのせた人の差は何なのでしょうか?どちらも官の情報を勝手に外に漏らしたということではまったく同じ罪を犯しているように見えッるのですが。この考え方間違っているのでしょうか?教えてください。
posted by hssk1101 at 01:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする