2011年05月28日

原発被災者を東京電力の社員として迎え入れるという案

原発被災者を東京電力の社員として迎え入れるという案


福島第一原発の事故による影響・損害は甚大である。
日本のエネルギー政策の見直しが必要になったことはもとより、
エネルギーの供給が不安定になったことにともなう、
日本の産業、経済に与える悪影響の大きさも計り知れない。

日本全体への影響も大きいが、
当面、深刻で悲惨な状況に追い込まれたのは、
原発周辺の住民の方々である。

放射線濃度が基準を超えているから避難させられたり、
作った農作物は売り物にならなくなったり
家畜の飼育を継続できなくなったり、
工場を閉鎖せざるをえなくなったり、
そういう方たちである。

自分の住むところを一方的に奪われた形である。
住む所だけではない。
仕事も失い、営々と築いた人間関係もなくし、
人生の糧となる思い出も奪い取られた。

加害者である東電は、
何よりもまず第一に、
この方々の生活を補償する義務がある。

東電の損害賠償責任を考えた場合、
4兆円かかるといわれている。
あるいはそれでも足りないのかもしれない。

今、政府、東電はこの4兆円の賠償を支払うスキームを
検討しているところである。

いろいろな案を伝え聞いているが、
どのような方法になるとしても、
電力料金の値上げ、あるいは税金からの支出ということで、
国民が負担するということになってしまいそうである。

でも、国民は理解している。
今の被災者の現状を見て、何とかしたいと心から思っている。
自分の負担が増えたとしてもその事には全く不満はない。

ただ、それでも許せないこと、譲れないことは、
当事者の東電およびその関係者が、
これだけの惨事を引き起こしておいて、
その責任を追っていないように思えることである。

責任を負うことなく、
今まで享受してきた既得権益を
そのままにしようとしているように見えることである。

私たち国民はこう考える。
東電の社員の給料・年収がたとえば1000万円とする。
一方、被災者は全財産、生きる希望を奪われた。
まずは、この1000万円で被災者を救うべきだと。

東電は自分のところの血を流してでも、
大至急賠償すべきである。

役員の報酬、社員の給料、OBの年金等には、
まず第一にメスを入れて賠償すべきである。

もし、これが徹底的になされたならば、
多くの国民は、その後で国民負担で賠償していくことに
不満は持たないだろう。

徹底的とはどのくらいだろうか。
おそらく、東電の全役職員の給与が日本の平均を下回る水準、
OBの年金も平均を下回る水準まで下がるようなところまで
メスを入れたときなのでないかと思う。

そこまでいけば、国民は、
「もういい。後は国民全体で対応しよう。」と思うだろう。


でも、おそらくこういうことはできないのだろう。
いろいろな、理屈・しがらみの中で、
あいまいに処理されていくだろう。
そして、国民は納得感が得られず、
フラストレーションがたまっていく。
時間とともにうやむやになっていくのだろう。

でも、被災者はそうしている間も、
苦痛を味あわされているのである。

では、どうすればいいのだろうか?
私は思う。
被災者を東電の社員にしてあげればいいと。
年齢に応じて、東電の正社員と同じ処遇とする。
たとえば40歳の方なら、
大学を出て東電に入社して、今40歳になっている方々と、
同じ待遇にする。
給与も賞与も、年金・退職金も。
70歳の方なら、東電OBで今70歳の方と同じ待遇にする。

そうすれば、被災者もかなり安心して、
人生設計を組み立てることができる。
仕事もでき社会参加もできる。

東電も的確な賠償ができることになる。

そして、東電は今まで既得権の上で、
どれだけ特権的な処遇の中にいたのかということを、
思い知らされることになり、
真の改革をせざるをえなくなる・・・
posted by hssk1101 at 18:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月21日

ユッケ食中毒事件から学ぶ

ユッケ食中毒事件から学ぶ


今年のGW(ゴールデンウィーク)に、
「焼肉酒家えびす」でユッケを食べた客が、
腸管出血性大腸菌「O(オー)111」に感染し、
死亡したニュースが報道された。

痛ましい事件である。
まさか焼肉屋での食事が原因となって
死亡するなんて、
誰も想像していなかったと思う。

社長の会見も印象が悪かった。
最初、記者会見で逆切れしていた。
あの様子を見た国民は、
「人を殺しておいてその態度は何だ!」
と憤ったに違いない。

そのあとの記者会見では、
一転して、
社長は、泣いて土下座して謝った。
でも、国民は最初の逆切れの図を覚えていた。

さらに、この事件の報道を聞いていると、
そもそも、厚生労働省が定めた
「生食用食肉の衛生基準」をクリアするような生肉は
ないとのことである。
基準の上で、食べられる生肉は市場にはないのである。

だけど、生肉の「ユッケ」は堂々と販売されていた。

そこで大騒ぎである。
マスコミ報道を見て、世間の人の感覚としては、
・この場面で逆切れするような社長は許せない。つぶしてしまえ。
・生肉の危険を認識していながら、強く規制しない国の責任は重大だ。
 しっかりと規制して食の安全を守れ
というところだと思う。

だけど、もう一歩踏み込んでほしい。


まず、社長の逆切れの問題。
たしかにみっともなく腹立たしい。
だけど、あの態度に至った状況はわからない。
記者はいったいどのような質問をしたのだろうか。
また、社長の言うとおり、危ない生肉が食肉として
流通していたのは事実である。
ある意味、運が悪かったということは言えなくもない。
(けして事故を起こした社長を庇うつもりはない。)
そういう状況で、記者がどのような質問をしたのか。
真相はわからないが、
おそらく、普通の人が、社長の立場になって、
その記者たちの質問を浴びせられたら、
我慢が出来ないほど頭にくるだろうということは
想像できる。

私はマスコミの流す映像の印象に影響されて、
感情的になって判断することはしたくない。

だから、このような逆切れの場面は、
その状況全体、ここでいえば、
記者の質問内容、質問のニュアンス、会場の雰囲気等を
把握したうえでないと正確な判断は、実際は難しいと思っている。

だけど、放映されるのは、逆切れの場面だけである。
しかも繰り返し執拗に。


そして、もう一つの国の規制の問題。
今、ほとんどの日本人が、
生肉販売の規制がしっかりとされていなかったことが、
間違いだったと考えていると思う。
これは、要するに、
もっと規制を強くして、
公務員にはその規制に係る仕事をさせるということだ。

さらには、この規制のための特殊法人ができるかもしれない。
要するにお金がかかるのである。
そのお金は、当然のことながら、税金からである。

規制を強めるということは、
その分、国の仕事が増えて、
コストがかかるということである。

どうだろうか?
生肉の販売にあたっての規制、
お金を払ってでも、規制をしてもらいたいと思うだろうか?
それとも、国は余計な介入はするなと、考えるだろうか。
生肉は食べないようにするから・・・
と考えるだろうか?

意見は分かれるかもしれない。
どちらがベストなのかは難しい。

でも、皆さんはよく肝に銘じてほしい。

このように、
国がしっかりと管理すべきとか、
きちんと規制をしろと言った場合は、
そのコストは我々で支払うから・・
と言っているということなのである。

このコストの部分を、
しっかりと認識したうえで、
判断をしてほしいと思う。

つくづくと思う。
マスコミの影響は絶大である。
そして、何をするにもお金がかかり、
そのお金は自分たちで払うことになるのである。




posted by hssk1101 at 06:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

職場での生き残り方 年下・目下との接し方

職場での生き残り方 年下・目下との接し方



職場で

職場において、
年下や若い女性などとはうまく付き合った方がいい。
当然である。
人間関係は、職務遂行にあたって、もっとも重要な項目だからだ。

ここでは、ちょっとした目下の人と
一緒に仕事をするケースについて考える。

同僚であるが、相手は年下というようなケース。
一回り以上年齢が若い女性と一緒に
仕事をすることになったような場合である。

上司部下の関係ではないので、
一方的に指示命令をすることはできないが、
若いころのように張り合うこともおかしな状況。

どうする。

こういう場合にしっかりと肝に銘じておいてほしい。
それは次の3つである。
・人は認められたい、任されたいと思っている
・コミュニケーションをとり続けることが大切
・余計なプライドは有害なのですてろ

順番に説明しよう。


「人は認められたい、任されたいと思っている」について

おそらくこれはだれでもわかっているだろう。
だけど、頭では理解していても、身体は動いていないのである。
重要な面倒な仕事があるとする。
それを自分でやってあげる場合と、
相手の女性にやってもらう場合、
どちらが良いか?

みんな、普通は自分でやろうとしてしまうものだ。
まじめな人は、自分でやってあげて、相手には楽をさせてあげれば、
それだけ感謝されると考える。
そして、自分で仕事をどんどんと抱え込んでしまう。

この状態だと、相手のフラストレーションは巨大になる。
逆の立場になればすぐにわかるだろう。

人は、認められたいのである。
だから仕事は任されたいのである。
相手のためにやってあげたと思うくらいがうれしいのである。
当然限度はある。

だけど、若い人には、頑張ってもらって、
自分は楽させてもらっている、
だからありがとうと言えるくらいがベストな状況だ。



「コミュニケーションをとり続けることが大切」について

これは、最も重要であり、
議論する以前の話ともいえる。
これがないと全てがうまくいかない。

コミュニケーションがうまく取れていない状況では、
仕事を任せるも何もない。

でも、けして難しく考える必要はない。
ちょっとした挨拶、
相手がやってくれたことへのお礼を
忘れないようにすることだ。
そして、相手がやってくれた仕事の内容を
把握しておくことだ。
この部分は、それなりに骨が折れるかもしれない。
遊びではなく仕事である以上当然ともいえる。

仕事の内容はグリップして、
相手に仕事をさせて、
そして感謝してお礼を言う。

これだけだ。


「コミュニケーションをとり続けることが大切」について

目下といっても、同僚という想定だ。
自分もできるということを見せたいために、
相手を出し抜いて頑張りたくなる。

頑張ることは重要だ。
努力は必要だ。

だけど、相手の女性の方が仕事をいっぱいしている、
自分より優秀だ、
だからとても助かっている、
ありがとう
という気持ちになって、
その気持ちが相手に伝わればいいのだ。

自分でがむしゃらに働くより、
職場全体の効率は2倍はよくなるだろう。

結果として、あなたはとても優秀な人となるのである。

頑張ろう。




posted by hssk1101 at 18:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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