ベビーカーになぜ冷たいか
ベビーカーを押している母親にたいして人は冷たい。
自分では動けない人を運ぶという意味では
ベビーカーも車いすも同じともいえる。
車いすには同情的になる。
少なくとも絶対に非難は誰もしない。
でもベビーカーには冷たい。
なぜか。
おそらく、こういう心理だろう。
子どもがいてベビーカーを押すような人は
勝ち組で、恵まれた人。
車いすは恵まれない人。
この意識は根強いのでは。
この根深い意識にがんじがらめのなかで、
日本人が子育てのことを議論しても、
うまく聞かないのではないか。
所詮恵まれた人たちのためのものなのだから。
だけど、この意見をぶつけても、
すべての人は否定するだろう。
それだけに難しい。
どうすればいい。
たとえ冷たい空気の中でも、
子どもをつくれば得、
経済的に明らかに得という制度に
するしかないのではないか。
子ども生んだ場合、
一人目は500万円、2人目は800万円、3人目は1000万円をわたす。
どうだろうか。
このお金を祖父母に渡して育ててもらう。
結構いいのでは。